生物における「時間」や「タイミング」を決定する機構としての老化の解析 老化は時間と共に変化する細胞や臓器の生理学的な機能であり、ヒトにおいては様々な疾患のリスクとして知られています。また、ヒト以外の生物種においてはカメやクラゲなど、必ずしも機能低下や疾患に直結しているわけではなく、一つの個体の中でも老化しやすい細胞と、堅牢性が強化されている細胞があります。生物学としての学問として、多様な生物環における外的および内的環境に対応した応答と老化の現象について解析することは、時間の意義と機能について理解することは重要です。 また、1つ1つの細胞において時間の経過と共に機能が維持できず、生物個体として恒常性が乱れた状態を我々は「疾患」と呼び、疾患名がついていないものを総称で「加齢性の臓器機能低下・フレイル」もしくは「老化」と呼ばれます。しかし、細胞レベルでは疾患と老化に大きな違いはなく、生物学的な機能を改善することによって「老化」は治療可能であるという考えのもとに、健康寿命の予測と延伸を目指したイノベーションの創出とそれに対する投資、事業が活発化しています。ヘドニック・ウェルビーイングとユーダイモニック・ウェルビーイングと言われる概念のように人においては機能的老化に加えて「幸福」をどのように理解し、維持していくかも重要な課題です。 時間の生物学といった視点からの老化の多様性の解析と同時に、ヒトにおける健康寿命、ウェルビーイングの価値を最大化するイノベーションと社会的インパクトの創出を目指します。 Epigenome/ エピゲノムとは、遺伝子の情報を後天的に量的・質的に制御する方法であり、幹細胞から脳や肝臓などそれぞれの細胞へ分化する際に特異的な遺伝子発現を調整するために重要な役割を担います。また、近年は「エピゲノムメモリー」と言われるように、食事や運動など生活環境によって後天的38に DNA 配列とは異なる分子機序で情報として記憶され、長期的に生物における遺伝子量や機能に影響することが知られています。我々は、エピゲノム制御に よ る 老 化 制 御 の 新 し い モ デ ル "ICE" (for inducible changes to the epigenome) マウスを確立しています (Hayano* and Yang* et al., 2023 Cell, Yang et al., 2024 Cell, Kato et al., 2021 Dev. Cell)。本課題では、老化の開始するタイミングや速度などを理解することを目的に研究を行います(図)。 Aging Clock と呼ばれる暦年齢と異なる細胞や臓器の機能性を評価するための客観的な指標が知られている。主には DNA のメチル化を使用しているが、血中のペプチド、腸内細菌、発話や動きといったヘルスケアデータの活用も進められている。本研究では、マウスやヒトのサンプル、そして多様な生物種との比較を含めた老化の客観的評価方法の確立を行う。指標としてエピゲノム情報の他に、組織の粘弾性といった物理的特性を加える。また、ヒトのデータに関しては、医療、ヘルスケアデータを活用し、シミュレーター(サロゲートモデル)、縦断的データの学習、個別化ヘルスデジタルツインなどへ応用する(図)。 寿命が 400-500 歳と言われるニシオンデンザメから年魚の鮎、さらに単為生殖によって自己再生を繰り返すクラゲ、そして特殊な腸内細菌を持つペンギン、体サイズの急速な変化と引き換えに短命な(ダイオウ)イカまで、それぞれの生物種における時間に伴う変化を分子的に理解する(図)。 細胞や臓器における時間に伴う機能性や恒常性の喪失を老化と捉え、その分子機序に対する介入法の開発によって、疾患や身体機能の低下に対する介入法を開発する。非侵襲的な 380nm の光を用いた OPN5 非視覚光受容体を介した機器の開発から、エピゲノム制御を介したサルコペニア治療薬や認知症への食品開発、さらに ex vivo におけるゲノム編集と疾患治療法の開発などを実施する。それぞれの技術はスタートアップもしくは企業連携を推進し、社会実装を目指す(図)。早野 元詞寄附研究部門Tokyo University of Science 研究部門の背景と目的 研究課題設立2025年4月 mhayano@rs.tus.ac.jpDivisionofMolecularBiologyofAging目的今後の展開研究部門長研究推進機構総合研究院 准教授MotoshiHayano「時間」や「タイミング」を決定する生物における分子理解を通して、老化という現象を捉えると同時に、測る、介入する、手法の開発を目指します多様な生物種における老化を分子生物学、物理、AI 等を活用しながら解析し、スタートアップを含めた社会実装を推進します老化の原理と種の多様性の理解といった、ヒトだけでない「時間」の生物学を反分野的に解析すると同時に、社会的インパクトを持つ創薬、診断、サービス等の開発とグローバル展開を目指します。1. エピゲノムによる老化制御2. 老化の客観的測定3. 多様な生物種における老化の分子理解4. 老化の可逆性に対する介入法の開発老化分子生物学寄附研究部門
元のページ ../index.html#38